自然の現象を追いかけて
南部 陽一郎
( なんぶ よういちろう )
シカゴ大学名誉教授(理論物理学)
トラカレ研究協力者
2003年ひっぽしんぶんNo.8
体験的な実感から物理は生まれる
私はもともと言語には興味を持っていますが、トラカレのみなさんがいろいろ違った立場で言語に取り組んでおられるのを大変面白いと思っています。
ところで物理というのは、自然法則の根本を探るのですが、なるべく広い範囲でものを見ること、そして、人の話を聞くことが大事です。どうしても専門的になる傾向にありますが、意識的にそうならない様、努めています。また、物理は誰もが持つ体験的な実感がもとになります。例えば物を押すと手に押し返される感覚がある。そういう感覚が作用反作用の法則のもとになります。その感覚をいかに数式で表すのかを考えるわけです。だから数式を見ると現象が思い浮かびます。
理論をつくる3つの段階
物理の理論をつくるには3つの段階があります。まず最初は新しい現象が出てきた時には、その性質をいろいろ調べて、その間に何か法則があるかどうかを調べます。それがあったとしても、そのままではだめです。次にそれを説明するためのモデルを作ります。そのモデルに従って、このような特性があると説明するのです。そしてその後で、いわゆる本質的な理論を考える、つまり、その特性に繋がる数式を書き表します。その理論から計算すれば現象がちゃんと精密に予言できる、あるいは理解できる・・・、そうなって初めて理論が出来上がる段階になるのです。
しかしですね、これで安住できる、ということにはならんのです。自然というものは、面白いもので、何か見つけると必ずそれ以上に複雑で、説明のできない姿を見せる。だから、また我々は最初から探し始める。その繰り返しです。
理論屋が研究するやり方には3種類ある
ひとつは「湯川型」。新しい現象に出会った時、その背後には新しい何かの粒子があると考え、その数式を見つけるんです。湯川秀樹さんの場合は、新しい粒子「中間子」があると言ったわけで、そう言った途端、以降何十年にもわたって、本当に次から次にいろいろな粒子が見つかってきました。この考え方は何十年も我々の頭の中に定着していて、我々の考え方の基礎になっています。現象からのbottom upです。
2つ目は「アインシュタイン型」。こちらは湯川型と正反対で、top downです。まず理論をつくる。こういう理論があるから実験でこういう「何か」が出てくるはずだという考え方です。例えばアインシュタインは、重力場の理論をつくって、空間が曲がっていると言った。曲がっているから、こういうものが出てくる、と言って、そこで予言したものが実際に見つかってきています。
3つ目は「ディラック型」。ディラックという人は「自然の法則は美しくあるべきである」という考えを貫いていたんです。つまり、数学的美的観念から数式をつくりだしてしまう。すると実際にその数式にあう現象が存在することが見つかるのです。ディラックが作った数式のひとつに「モノポール(単磁極)」を示すものがありますが、これはまだ実際には見つかっていない。そこで現在多くの物理学者がモノポール探しをしているんです。もしかすると、私たちの周り、この辺りにウヨウヨしているかもしれないですよ・・・。
新しい発想が浮かぶ時
もちろんそれまであらゆることをやっているのですが、ヒントとかは突然やってくるものです。何故かというのはなんとも言えませんがね。24時間、寝ている時も絶えず頭の中で考えている・・・。人によって違いますが、私の場合は、主に発想が浮かぶのは夜が多いかもしれません。寝ている時だったり、NYの地下鉄に乗っている時にハッと浮かんだり。細かい計算をしていると頭がこんがらがってきますから、そんなことはコンピューターとかでやればいいんです。細かい計算をしている時には大局を見ることができない。そこだけしか見えていないですからね。そういう時は、横になって考えてみるんです。そうすると大局が見えてきて、考えやすい。するとふっと数式が浮かんでくるんです。
今一番面白いと思って取り組んでいること
昔から持っている夢がひとつあります。40年来、そしてこれからもずっと持ち続ける夢。それは、「質量の起源」です。つまり、電子やニュートリノなどそれぞれ固有の重さを持っている、それは一体何だろう、何故だろうということです。それは理論で出てくるものなのだろうか、出てこないものだろうか?量子力学では今の段階ではクォークとかレプトンとかの質量に規則性が見えてこないので説明できない。それについて、数式をたてることができるかどうか?それとも宇宙の進化にも、生物の進化の場合と同じように、偶然によって生じたものもあって、その中で質量も生まれたものなのか・・・。 ただどんな考え方をしたとしても、それだけでは話にはならない。それに理論を作って、ちゃんと数式を出せて、ちゃんと計算してある程度の予言ができないと、それは理論にはならない。なかなか進展しないのですが、そういうことを頭の中でおもちゃにして長年ころがして遊んでいるんですよ。(2002年トラカレ特別講義より)
◇◆◇ 講義内容詳細はPDFファイルにて「こちら」よりお取出しいただけます ◇◆◇